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【サーキットvs峠】走るならどっち?利点を比較して徹底解説

綺麗事はサーキット一択

鈴鹿サーキット
画像:machu./CC BY-SA 2.0(Wikimedia Commons)

まず、法定速度に完璧に納めて法律上の問題をクリアしたとしても、綺麗事だけで言えばサーキット一択になる。理由は色々あるんだけど、その根幹の部分は「公道はあくまで移動用の道であって速さを競う道じゃない」から。

対してサーキットは速さを競うために存在してて、どんなに速度を出しても誰も文句を言わないし、それがサーキットの正しい利用方法になる。

峠にも一定のよさがある

峠のワインディング
画像:P. Pardo Ávalos/ESO/CC BY 4.0(Wikimedia Commons)

とはいえ、一般道である峠にも一定の魅力があるから、今も数は減ったもののストリートレーサーが存在する。なぜ彼らがサーキットに行かずに峠で走るのか、それを見れば自ずと峠のよさも見えてくると思う。

今回はそんなサーキットと峠のいいところと悪いところを徹底的に比較していく。

あと俺自身、公道で危険な運転はしたことはないし、今回の記事の内容も一般道での危険運転を勧める内容でもない。単にサーキットと峠を比較しただけの内容だから、読む上でもあくまで自己責任で。

サーキットの利点

サーキット走行
画像:Thermos/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
  • エスケープゾーンがある
  • 障害物が極めて少ない
  • よく整備されたコース
  • 危険要素がほぼない
  • 記録がつく
  • 考え抜かれたコース設計

とりわけ安全面でのメリットがデカい。これがサーキットに金を払う一番の理由だし、サーキットが存在する理由でもある。ただ、それに付随して別の良さも出てるから、そっちをより深く読んでほしい。

極めて高い安全性

サーキットはその安全性がとにかく大きなメリットになる。

コケても余程酷くない限りは死なないし、バイクもカウルとかレバー類とか交換すればまた乗れるようになるほどの傷で収まることも多々ある。こけても問題ないというのは、限界を見極める必要のある二輪のレースにおいて極めて重要な要素になりうる。

常に限界を攻めなきゃいけない以上、上達には転倒は不可避。この面でもサーキットは非常に心強い味方になってくれる。

考え抜かれたコース設計

サーキットっていうのは、コーナーの形状からストレートの長さまで、マシンと人間に試練を与えるべくして設計されてる。

だから、サーキットを速く走れるということはどんなカーブであってもある程度速く走れるということにもなるし、マシンにとっても最大限の実力を発揮できる数少ない場所になる。

これは公道にはないメリットで、サーキットの方が上達が早いと言われてる理由の一つでもある。

レベルの高い人が集まる

サーキットは走るのに金がかかるのもあったり、限界を極めやすいことがあったりとレベルの高い人が集まりやすいのも特徴の一つ。

向上心のある人が多い場所で競い合うことで自分のレベルも上げやすくなるし、上には上がいることを嫌でも自覚させられる環境だから中途半端に満足することがなくなるのもいいところ。

もちろん峠でも一部似たようなことができてるグループは存在するけど、サーキットほど見えやすい状態でタイムが掲示されてることは少ないし、なにより少人数のグループ内で完結してしまうから天井が低くなってることが極めて多い。

絶対的な上手さを求めるならサーキットで走ることは必須になると思う。

峠(一般道)の利点

走行シーン
画像:Nthanhou/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)
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  • 走行に金がかからない
  • 事故時に保険が降りる
  • 多様なコースを手軽に体験できる
  • 走行前の準備が少なく済む
  • 肝試し的ロマン
  • 天井が低い

サーキットとは一転、安全系のメリットがほぼ消えてるのが特徴。その代わりに、金銭的なメリットを初めとして細かいながら重要な良さが出てきてる。

金銭的にはかなり優秀

まず、サーキットで走ろうとすれば絶対かかる走行料を取られることがない。もしくは非常にリーズナブル。公道でパンパカ走ってる人の大体はこれが理由だと思う。

サーキットは大きな場所だとライセンスの発行だけでうん万円かかったり、一日走るだけで目が飛び出るような金額になるから、現実問題として金銭的に行けない人が多い事実もある。

個人的には、取り締まりの強化のための予算をサーキットの整備費に回して少しでもハードルを下げれば、効率的に一般道の治安を上げられると思ってる。

事故しても保険が降りる

自損事故系の特約をしてる場合に限るんだけど、公道の場合は事故っても保険が降りるっていうメリットがある。サーキットでの事故は別途保険料がかかることも多い。しかもかなり高額。

少し考えが回る人は、公道なら保険が降りることを考えた上であえてパンパカ走ってたりする。

肝試し的なロマン

サーキットはその安全性が大きなメリットになるんだけど、対して峠は危険性が一種の魅力になってる。

一歩間違えれば死ぬ可能性があるからこそ、相応の恐怖を抱えた自分に打ち勝った上で相手にも勝つというのは、最早一つの美徳でありストリートレースの真骨頂。

この良さは誰もが理解してるはずなんだけど、実際は常識で上書きして誰も口にしない。

もちろん俺もやったこともないし推奨もしてない。

一期一会のレース

公道は最新型のポルシェもいれば少し古い日本のスポーツカーもいるし、バイクだっている。これはサーキットではあまりないことで、異種混合のなんでもアリなレースになるという魅力もある。とんでもない車が出てくることもある。

しかも、その出会いは大抵がその場限り。どちらかがぶっちぎるか途中で萎えるかまで続いて、そのあとは挨拶もなしにさようなら。このエモーショナル性と即興性も峠の良さと言える。

あくまで一般道

峠道
画像:Alpsdake/CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

ロマンはロマンとして非常に魅力があるんだけど、現実の峠は実はそんなにカッコよくない。

峠も首都高もあくまで一般道。ごく一部の例外はいるだろうけど、大体は「速くてカッコいいっぽい」で走ってる人。あくまでそれっぽいだけで、ラップタイムを気にしてコンマ何秒を縮めようとする人はまずいない。(例外はいる)

何でかっていうと、

  • スタートとゴールがハッキリしない
  • 時間を測るのが極めて面倒くさい
  • 不確定要素で攻めきれない場合が多い
  • 他の記録を確認しにくい

とか、外側からは見えないダルい要素がめちゃんこいっぱいあるから。

記録が面倒くさい

まず、速く走ったところで記録するのが面倒くさいっていうのがある。

峠だと、スタートとゴールが決まってるところもチラホラあるんだけど、首都高とかはこれが極めて曖昧。というかほぼ存在しないから、大体がついていけるかどうかで勝負してる節がある。

で、決まってたところで記録するのも実は面倒。サーキットだと区間ごとに磁気で通過を判定する装置が埋め込まれてるから、何もしなくても記録できるんだけど、公道の場合は誰かがストップウォッチを押さなきゃならない。

これ、大体押すのは自分。80年代なら話は違ったんだけど、今の時代にスタートとゴールに何人も人がいるような状況はほぼない。

自分で押すとなれば、車はまだしもバイクは非常に面倒くさい。やってみればわかるけど、そもそも楽しいからやってるだけのことだから、最初は計るかもしれないけど面倒くさいせいで次第にやめてしまう。

他の記録がわからん

もう一つあるのが、他の人の記録がイマイチわからないということ。

ネットには一部、〇〇峠何秒とかの投稿があることにはあるけど、これもいくらでも虚偽の申告をできるから信憑性に欠ける。自分で申告した場合も同様で、いいタイムほど信じられなくなるから、結局のところ実際に見ないことには速いのか遅いのかイマイチわからない。

こうなればタイム自体の意味が薄れてくるから、みんな計ることを止める。計ることを止めれば毎回「肌感」で速かったかどうかを感じるようになって、どんどん意識が低下していく。

ただ、実は信頼できる記録っていうのは用意できないこともない。それは紛れもない動画投稿。動画はほぼ嘘をつけないから信頼できる記録になる。

ここで問いたいのが、動画つきで記録を申告してる人は果たしてどの程度いるのか。動画であればナンバープレートが映ることはないし、海外サイトに投稿すれば身元が割れるようなこともないと思うけど誰もしない。

詰まるところ、峠は「速そう」な人の溜まり場であって、モノホンはみんなサーキットにいるということになる。

天井が低い

上で説明した意識の低さと、もう一つ理由があって、同じ時間帯に走ってる人が少ないというものがある。

峠は記録が残らない以上、同じ時間帯に走ってる人とどちらが速いか比べることで自分の速さを確認するのが最も多いと思うんだけど、そもそも峠を攻める人口が少ないせいで、人気のある場所でも比べられて精々10人程度。

これは、簡単に周りより速く走れるから自己肯定感を高めやすくて、「俺はえー」的な楽しみ方をしやすいということでもある。どうしても速い人がいても、ツーリングライダーと比べてしまえばいいから、「あ、自分走り屋です」的に酔いしれるには絶好の場所になる。

更に本当の普通の道であれば、爆音で走るか隣のスクーターを追い抜けばすぐに「走り屋です」ができる。より手軽に「走り屋です」をして速そうな雰囲気を出すことで自己肯定感を得られる。

対してサーキットは上をみれば青天井。1000ccでも上手い600ccに簡単に抜かれるような世界で、全く「走り屋です」ができない。競技的な楽しみ方をできるような人じゃないと辛いだけになる。

一般道はそういった裾野の広さもいいところになるだろう。

結局どっちで走るのか

走行シーン
画像:driver Photographer/CC BY-SA 2.0(Wikimedia Commons)
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ここまで書いておいて何なんだけど、この比較には答えが出てる。

速くなりたいならサーキット。速い気分になりたいなら峠。

嫌な書き方に見えるかもしれないけど、これは優劣の話じゃない。求めてるものが違うだけだ。

上達を求めてるのに峠を走ってると、記録が残らないので伸びてるかどうかが分からない。周りに10人しかいないので比較対象も足りない。そのうち「肌感」だけが残って、実際は最初の年から何も変わってない、みたいなことが起きる。ここが一番もったいない。

逆に、気持ちよく走りたいだけの人がサーキットへ行くと、金を払った上で延々と抜かれ続けて帰ることになる。あそこは競技をやる場所なので、競技をやりたくない人には辛いだけになる。

だから最初に問うべきなのは「どっちが上か」じゃなく、自分がタイムを縮めたいのか、それとも走ってて楽しければいいのかになる。ここが決まれば行き先は勝手に決まる。

一つだけ言えるのは、どっちなのか自分でも分かってない人が一番危ないということ。上手くなりたい気持ちで公道を走ると、記録が残らない場所で限界を試す羽目になる。それは肝試しであって練習じゃない。

サーキットに一回行ってみると、この判定が三十分で終わる。ライセンス無しで走れる走行会もあるので、迷ってるなら順番としてはそっちが先だと思う。

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